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【猫論】ひめたん「良い知らせと悪い知らせ」 +マレーシアのコロナウイルス状況

 新型コロナウイルスこと「COVID19」の猛威は社会生活に影響を与え、クアラルンプールのスーパーマーケットからは野菜の半分ぐらいが棚から消えた。中国産野菜が入らなくなったからだ。僕はもともと中国産を買わないのでこれは好都合なのだが、いまマレーシアでは日本への警戒心も高くなっている。3月下旬からマレーシア人の友人女性2人が日本に2週間の旅行予定で、僕も同行して案内する予定だったが、昨日、航空会社に80USドルのキャンセル料を支払ってでも秋に延期することになった。桜を見るのをとても楽しみにしていたが、苦渋の決断だ。ほぼ毎月、日本と行き来している僕にも、いま「大丈夫か」と周囲から心配の声も続々あって、現地メディアの編集部からは「帰国後しばらくは自宅にいた方がいいのでは」との連絡も。日本人在住者の多い住宅地モントキアラにあるコンドミニアムのロビーでは、「中国、香港、シンガポール、日本から帰国した人は2週間以上、自宅に待機するべきだ」との張り紙が登場しているほどだ。

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 ※マレーシアでは一部のチェーンストアなどでマスクが無料配布。

 一般的に寒いときに流行するのがインフルエンザなどのウイルス感染症。日本では10度を下回ると患者が増えるとされる。北半球では11~3月、南半球では4~9月が、おおよそのシーズンだ。熱帯の東南アジアでは年中気温が30度前後だが、インフルエンザの流行は気温の変化に生じる湿度に関係していて、少し気温が下がる雨季に発症が多い。クアラルンプールの雨季は10~2月ごろで、1日のうち1度か2度、短い豪雨がある。飛沫感染は高温多湿だとウイルスが遠くに飛散できなくなって感染力が弱まるから亜熱帯エリアでインフルエンザが少ないのはそのせいだが、COVID19には、空気中に浮遊する粒子を通じるエアロゾル感染も認められ始めた。池上彰氏はテレビ番組で「WHO発表の致死率」を比較して「騒ぎすぎ」だという見解を話していたが、ウイルスは変異する可能性もあり、警戒すべきは感染力や経路の方である。

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 ※18日時点、マレーシアの感染者リスト。この手の表は経路を図にするのが定番。

 マレーシアの在留邦人数は2万人を超え、1年間ほぼ変わらない温暖で、日本人の口に合う食事が多く、一般的な日本製品も手に入りやすいし日本食レストランも多々、物価も安いいから長年、移住先1位となってきた。英語が通じるのも大きい。そして移住の条件に重要な医療水準も、先進国と変わらないレベルで大きな私立病院は院内の雰囲気も設備も日本のそれと同じ。英語ができなくても日本人通訳を常駐させていることが多い。なによりマレーシアはかなりの親日国で、笑顔で「日本人ですか?」と聞かれ、そうだと答えると日本語で「ありがとう」と言われたり、「日本旅行したい」「日本旅行したことがある」といった話をされることが日常になるが、習近平が日本政府に「大ごとにしないでくれ」と要請し、それを受けた日本政府が事態を小さく見せようとした話なんかも報道されて、「常に日本に出入りしている日本人」の僕は一転して警戒される身になってしまった。郊外に住んでいて生活上は近くのショッピングモールですべての用が済むから問題はないが、取材や仕事以外では繁華街へ遊びに行かないことにした。

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 そんな状況で動物病院の担当医から言われたのが、「良い知らせと悪い知らせがあります」。最後の血液検査を踏まえての診断だが、飼い主にとっては落ち込む言いまわしだ。

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【猫論】ひめたん、退院 ~Book Of Days 11

 退院できるなら早い方がいいということで面会時間ではなく、午前中に病院へ。この日のICUは人の出入りで穏やかな状態ではないことがすぐに分かった。ドアの開閉で、黒くて大きな犬が息を引き取ったところなのが分かった。僕は前日、この犬が横たわったまま便をしたのを見て、スタッフに知らせていた。どんな病状かは知らなかったが、連日の見舞いで面会者が来た様子はなかったから、内心「頑張ってくれよ」と願った。それが命の消える直前だったのかと思うと辛かった。

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 静かに歩を進めると、酸素ハウスはどれも空っぽだった。ひめたんを抱いた女性スタッフが銀色のケージに移すところだった。安堵した。呼吸が回復したと判断されたわけである。ひめたんは僕を見るなり、身を乗り出して「帰りたい」という意思表示をした。久々に彼女を抱きながら、まずは医師の到着を待った。その間、犬の飼い主と見られるインド系の人々が入ってきた。高齢者の女性と、体格の良い若い男性。女性の方はかなり落ち込んでいる様子で、ヒジャブを被った中年の女性医師にハグされていた。

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 しばらくして、その女性医師が僕のもとへやってきた。彼女はいつも厳しい表情をして、テキパキとスタッフに指示をしているが、僕の前では笑顔を見せてくれ、血液検査の結果や、しばらく飲む薬の説明などをしてくれた。細部まで心配を重ねた風の丁寧な話は、さすが小さな病院のそれと違っていた。週3度はやらなくてはいけない点滴については、「猫のストレスを考えたら、自宅でやった方がいい。最初は難しく感じるけど3度目、4度目と慣れていけばいい」と言った。これは正直、自信がなかったが、「僕にはできません」などと言うわけにはいかない。

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【猫論】ひめたん、再入院 ~Book Of Days 10

 連休明け、平日は通常どおり面会は15時からになった。そうなると前日の面会より3時間遅いから、間隔が長くなる分、ひめたんが心配になる。たった3時間でも、「来ない」とか感じたらかわいそうだ、と思ってしまうのだ。動物に時間の概念はないから、この程度の差であれば何も感じてないはずだが、たとえば、もぐもぐは僕がいない日が続くと精神不安になって、1週間経過すると叫んだり下痢になったりする。最初はたまたまかと思ったが、毎度そうなるので、これはもう親を泣いて探す子供と同じなのだと。特にもぐもぐは目が開く前から育て、うっすら視界が出てきたときにも僕が毎時間、顔を覗き込んでいたから、生まれて初めて見たものが僕なのだと言っていい。日頃の行動も親離れできない子供同然である。

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 ひめたんはそれと比べたら、ツンデレタイプ。特にベタベタもしないし、呼んでもサッと来るわけじゃない。抱こうとすると「何するのよ」という感じで一声、鳴く。ただ、こっちが黙って仕事をしていると、静かに忍び寄ってヒザの上に乗ってくることもあって、いかにも猫っぽい気まぐれだ。だから僕が面会に行っても、特に喜ぶような素振りは見せず、少し顔を上げて「認識」を示す程度だ。それでも他人を見る目との差異は明らかにあるので、少なくとも「ああ、この人ね」と僕を分かってはいるのだろう。

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 出発時、退院を願ってキャリーケースを持っていくことにした。退院はできないだろうが、そういう前向きな準備をすることで、「笑う門には福来たる」的に行動するのがいい。僕は仕事上でもわりとそうだ。20代前半の一時期、仕事の愚痴ばかり言ってた頃があった自分が嫌で、「辛いことでも楽しく乗り越えよう」と頭を切り替えるようにした。記者が続いたのも、新聞社でちょっと意地悪な上司がいたのに、「この人に好かれたらうまくいくはずだ」と思ってスキルを盗むことが苦でなかったからだ。地方の取材で駅前から他社の記者がみんなタクシーを使って移動していたところ、ウチの社はタクシー代の経費が落ちないことが基本で、バスか徒歩だった。当然、不満を抱える要素だが、このときも「どうせなら目的地まで何か記事になるネタを見つけてこよう」と、早く出発して寄り道をしたら、社会面のネタを増やすことができて、そういう日常が後々のフリーランスでの活動に大きく役立った。毎月の収入が上下する身だが、少ないときは「いまなら何か別のことができるぞ」と思って、実際に何か行動する。そういうことが、ちょっとしたプラスになっていくものだと思っている。猫の看病は大変だが、そういう貴重な経験をさせてもらってると考えたい。経験が増えれば自分の価値は上がる。特にいまの時代、ネットを見て知った気になったような人も増えているから、実際に行動して、見たり聞いたりしたリアルな経験の方が活かしやすいし、自分の人生にとっても損はない。人間だから完璧にそうするのは無理で、ときに涙が出ることも、人生を全否定したくなる時もあるが、次の瞬間には前向きになるよう努める。それができれば、閉じていた道が開けることもある。

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【猫論】ひめたん、再入院 ~Book Of Days 9

 DAY 9

 月曜日だが、チャイニーズ・ニュー・イヤー(春節)で祝日のため、この日も面会時間は午前中だった。朝、仕事ができない苛立ちを抱えながら、コンドミニアムのエレベーターに乗り、外に出ると、定休日のない近所の中華料理屋も、この日はシャッターが下りていて、それだけでも見慣れない風景のように感じた。カバンのポケットに細長い水筒を確認する。マレーシアでは、売られている大半の飲み物が甘い。緑茶やジャスミン茶のペットボトルが売られていても砂糖入りであることが多く、水以外は「綾鷹」とか「サントリー烏龍茶」ぐらいしか選択肢がない。だから基本、自分でお茶を作っておいて冷やして飲む。外出時は水筒に入れて出る。



 市販の茶葉1種類だと味が飽きてくるし、単調な感じもするから、常に2種類を混ぜる。緑茶とミントティーとか、マレーシアならではのフルーツ系(お気に入りはBOH TEA)や、アラビック・ティーも好きだ。南国だから冷やして飲むが、こっちの中華系の人々は冷たいものをあまり飲まない。「身体を冷やすのは良くない」という理由で、常温の水を持ち歩く人が多い。それは僕も分かっているのだがやめられない。30代後半ぐらいからか、若い頃の暴飲暴食ができなくなって胃が丈夫じゃないことに気付き、よく下痢や便秘を繰り返すようになったが、数年前からストレスを溜めないよう考え方を工夫し、生活スタイルにも反映させたら驚くほど改善した。僕は鼻も詰まりやすかったが、南国だとスムーズになる。おかげで体調は悪くないから、冷たい飲み物ぐらい自分に許している次第だ。

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 病院に着いて裏口のドアから中に入ったが、この日は受付の女性の姿もなく、静まり返っていた。すぐ横がスタッフの休憩所で、いつもなら人が出入りしているが、こちらも人はなし。11時になったのを見て勝手にICU内に入ると、ひとり男性スタッフがいて、許可をもらってひめたんのもとへ。

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【猫論】ひめたん、再入院 ~Book Of Days 7~8

 DAY 7

 この大学病院は土曜、日曜、祝日は面会時間が午前中11~12時だった。僕は毎朝だいたい7~8時に起きて前日までのメールをチェックし、机に向かう。依頼された仕事に追われていることがほとんどだが、情報というナマモノ相手だから実に予定が立てにくい。証言をメールでもらって完成させる原稿は、その証言だけがまだ未着のまま、おおよその原稿を書いて「待つ」こともあるし、仲間の記者に頼んだ確認事項を「待つ」ことも多い。僕は他のライターの手直しもやっていて、完成版を執筆者に確認してもらうのも「待ち」だ。この「待ち」が長いほど、その日の終業時間が遅くなる。ただ、11時に病院に行くとなると、10時までには仕事を切り上げるから、さらに仕事のペースダウンは避けられない。できなかった分は翌日に持ち越すが、何しろ頭を使う仕事なので脳の調子によって差が出る。スッキリしないときはブログがウォーミングアップ代わりになるが、いずれにせよ、遅れが出ては、そのしわ寄せで休みなどなくなる。気がつくと次週の週刊誌用にネタ企画の催促があって、複数の月刊誌も抱えている。ジャーナリストとして20年以上、こうして仕事が途切れないのは本当に幸運だが、ペース調整が難しい中での毎日の見舞いはなかなかハードだ。

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 それでも人の少ない休日の病院へ着くと、頭はひめたんのことでいっぱい。顔を見るまで彼女がどうなのか分からない。ひょっとしたら体調が悪くなっているんじゃないか、そんなネガティブな不安がどうしても襲ってくる。玄関口は閉じていて、裏口にまわるとドアがあり、そこから中に入るとちょうどICUの前に出た。いつもより、さらに静かで明かりの少ない院内。受付の女性に猫の名前を言うと、彼女は確認のため繰り返すが、「HIMETAN」は、「ヒミタン」に聞こえる。マレーシアでの英語読みだと「MOGMOG」も「モンモン」と呼ばれる。本来は「MOGUMOGU」だが、英語のスペルも自分でそう決めたものだ。なんてことを考えているうちに時間がきて中へ。

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 ひめたんはおおむね良好。そう分かるのは、こっちが姿を見せると、首を上げてキョロキョロと反応するからだ。以前はもっとぐったりしていた。置いてあるエサが減っていないので、新たに代えてあげたら少し食べてくれた。首や頬を撫でると、かすかに喉を鳴らす。痛かったり苦しかったりはなさそうだ。撫でながら話しかける。「もう少し、ここにいるんだよ。イイ子だね~ひめたんは」 言葉は分からなくても気持ちが伝わることを願う。


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【猫論】ひめたん、再入院 ~Book Of Days 4~6

 DAY 4

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 入院中のひめたんの呼吸は異常だった。音楽仕事もやっているせいか、腹の激しい動きで見て分かる速い心拍数が頭でBPMに置き換えられる。小さな体がかつて見たこともないほど揺れていて、頭もずっと小刻みに上下。この日、ひめたんは服を着ていなかったが、底に暖かくなるシートが敷いてあった。ICUは寒いからありがたい。酸素ハウスに手を入れてエサを交換したり、撫でたりしていたが、10分ほどすると、ひめたんが酸素不足の金魚のように口を開けてしまい、慌ててハウスから手を抜きジッパーを閉めた。酸素ハウスの酸素が少し抜けるだけでもこの有様だから、相当に厳しい状況だ。面会時間が終わる頃にやってきた医師と話すと、「ここから出せる状況にない」と言われた。「若い猫なら麻酔を打っての処置もできるんですが…」

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 肺炎のみならず、彼女の問題は口内炎からくる食事量の激減もあった。食欲を見せてもドライフードを一粒か二粒、口に入れては痛がり、食べるのを辞めてしまう。ここ数年、2.6キロぐらいあった体重は2キロを切りかけている。自宅では拘束衣を着せて液体の高栄養リキッドフードを与えていたが、1度にたくさん流し込むわけにはいかず、少しづつ回数を増やしてビタミン剤とともに飲ませていたが、それでも体重は増えなかった。少し前には元気に食事の催促をしていたのが最後の健全なひめたんの姿だったのか、と思うと涙が出そうになったが、ミッくんで経験した「死」というこの上ない悲しみを実感したから、いま悲しみたくはなかった。この日は僕が与えたエサはまったく口にしなかった。元気のないひめたんを見た後は何もする気がなくなる。自宅に戻ると3匹の猫たちが寝ていたが、とても寂しい空間に感じた。夜のICUからの電話では、「少し食事をしましたが厳しい状態」と伝えられた。

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【猫論】ひめたん、再入院 ~Book Of Days 1~3

 ひめたんの退院はたった2日間で終わってしまった。呼吸がかなり荒くなり、足がフラついていた。再び病院へ連れて行くと、医師も「再入院が必要」との判断を下し、酸素マスクを口に当てた。ひめたんは銀色の冷たいケージではなく、ビニールハウスみたいな酸素ハウスに入ることになった。

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 DAY 1

 前回の入院時、酸素ハウスに入っている子猫を見た。かなり弱っているように見えたが、眠っていたのかもしれないから、どの程度、深刻だったかは分からない。具合の悪い犬や猫しかいない空間というのはとても辛い。愛猫がそこの一員になるのは、さらに辛いことだった。ICUへの面会は午後3~4時のみ。ロビーでの受付は必要なく、途中インターホンで解錠してもらうドアを抜け、ICUの扉の前まで勝手に入って待つ。ホワイトボードには「HIMETAN」とあり、僕の名前、番号と担当医の名前も併記されていた。時間が来るまでここで待機するのは、ひめたんがどんな状態でいるかと不安になる時間だったが、幸い、ハウスの中のひめたんは落ち着いていた。これがもぐもぐなら憔悴してしまうところ、彼女は動じてない。若いころはもっと臆病だったと思うから、いろいろ悟ったところもあるのだろう。酸素ハウスの中だと呼吸が楽なようで、自宅にいるときほど苦しくはなさそうだったが、それでも腹の小刻みな動きがかなりのハイテンポで、正常ではないのが分かった。面会時に医師が立ち会うとは限らず、多くのインターンが行き交っていた。この日は病院側の誰とも会話なく、1時間後にここを後にした。ICUの中は肌寒く、僕はひめたんが使っていた小さな毛布を中に入れておいた。夜8時30分ごろ、ICUから電話があり、簡単な報告を受けた。「酸素ハウスにいれたまま過ごさせる」とのことだった。

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【猫論】ひめたん、ICU(集中治療室)に入院 ~Stayin’ Alive

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 小食だったひめたんが、ミッくんの死後、なぜか食欲を増し、キッチンにやってきては食事の催促をするようになっていた。さらに夜は外から帰宅すると必ず玄関にやってきて、そのまま外に出て周辺を散歩するようになった。少し歩いてこっちを振り返り、僕の姿をたしかめながらの独特の散歩。長年、控えめな彼女だったが、まるでミッくんの失われた存在感を埋めるような変化を見せた。ミッくんの生前は、よく彼の顔を舐めてあげるのが日課だった。しばらく舐めるのが続くと ミッくんが「もういいよ」と顔を振ってやめさせたりして、いい夫婦だった。

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 ひめたんが元気だと、20歳で亡くなった夫より長生きすることを期待させた。あと1年半の道のりの心配は口内炎と腎臓だった。食事をする度、少し痛がる様子があったから塗り薬と、善玉菌を与える腎臓用サプリ「アゾディル」を与えていた。ただ、食事の催促はするから「食欲があるなら大丈夫だ」と思っていた。



 しかし、12月下旬になって様子がおかしくなった。食事の催促に来なくなり、食べる量が減った。定期的に計っている体重が減少しだして、玄関の散歩もなくなった。ウチから近い小さな病院へ連れて行き、いくらか薬をもらったが、食事をしないことには回復できないので、シリンジで食事を与える日々になった。

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 ※病院の待合室でも騒がない優等生ひめたん

 ひめたんはミッくんに比べて気難しいから、これが大変だった。タオルで作った自家製の拘束衣を着せて、嫌われるの覚悟で食事を少しづつ与え、薬やビタミンなどのサプリを与えた。それでも体重は戻らず、あるときは自分で水を飲もうとして水の前で立ち止まったままという深刻な状況になった。そこで2日に1度は点滴を打ちに病院へ通った。点滴後はいくらか調子は戻った。小さな病院はとても親身になってくれるが、機器が揃っているわけではない町医者。これ以上の危ない状況になったときのことを考えて大学病院へ行くことも相談しながらモニターした。だから年末年始も動物病院にばかり行っていた。

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 ※ウチの床マットは猫が爪を研いでもいいものにしている

 ウチの猫たちは「家族団らん」が好きだ。夜、仕事や食事、シャワーなど僕がひととおりやることを終えて、寝る前にリビングで映画を見るためにテレビを付けると、猫たちはみんなソファーの周りに集う。ひめたんは調子が悪くても、「団らん」にはやってきた。フラフラしながらソファーの背もたれにのぼり、そばにいた。前は5匹だったのが今は4匹の団らんは、いずれ3匹に減るが、いまはそれを考えたくない。最近のひめたんは引きこもりがちで、日中は隅っこでじっとしていることが多かったが、猫というのは無神経なもので、他の若い猫たちがひめたんのお気に入り場所を奪って寝ていたりもする。だから僕は新たにひめたんの入れるボックス型のキャットタワーを購入した。

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 ※マレーシアで入手した日本製!
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 最初はもぐもぐが使ったが、すぐに小柄なひめたんがそこを自分の寝床にした。僕にできることはいつも不十分だ。ミッくんには半身が動かなくなったときに歩行器を作ったが、もっとやれたことはあったはずで、その場で最善かどうか分からないことを積み重ねてばかりだ。

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【猫論】マレーシア伝統武術シラットと、コタバル愛の浜辺

 マレーシアの伝統武術シラットを取材した。起源は諸説あるが、マレー民族が5世紀ごろには継承していた長い歴史があり、現在ではインドネシアやシンガポールなど東南アジアに広がる流派は500以上といわれる。昔、まだ格闘技の試合に出ていた頃、仲間と一緒にインドネシア、ジョグジャカルタの道場に行ったこともあるのだが、今回はマレーシア東海岸の地方都市コタバル。

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「日本人がいなかったら現在ほどシラットは広まっていなかったでしょう」と語ったのは、マレーシア北部の師範、ジャクルさんだ。過去、ブルース・リーがシラットの技術を取り入れてジークンドーを確立したことでも知られるが、もとはスポーツ競技ではなく兵士が習得する格闘技術にあったため、オランダやイギリスが東南アジアを統治した時代に禁止行為となり、多くの道場などが潰された。しかし、これをアジア解放の日本軍が復活させたのである。

「当時の日本人はさらに実戦向けに伝え、この技術自体が理にかなったものだと証明してくれたんです」(ジャクルさん)

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【猫論】ココとナッツ 不思議なカップル~小さな恋のメロディ

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 体調を崩しがちになった先輩猫たちとは対照的に、若さ全開で生きているのが6歳のココ(メス)と5歳のナッツ(オス)。ココは日本にいたときに庭に迷い込んできた子猫を「健康診断と去勢」目的で保護したところ、安静状態が過ぎても逃げずにウチに居座った子。もちろん里親探しはしたが、野良根性が強くて人に懐いてくれず、抱っこも容易じゃなかったから、無理せずにもといた庭でご飯あげながら様子を見るしかないかと思っていたのだが、放心状態だった病院生活を経たあと、ウチの風呂場で正気を取り戻したせいか、そこがホームみたいになった。人嫌いでもウチは好き、という感じだ。その後、マレーシアの転居で再びショック状態になって「人生リセット」になったら、人(猫)が変わったように普通の飼い猫みたいになったのは、「【猫論】ココの人生リセット」にも書いたとおり。いまじゃ普通に抱っこできる。

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 ナッツはココ保護の1年後ぐらいに、「引っ越しの際に置いて行かれた可哀そうな猫」を保護した子。しばらく里親探しでフリーマーケットなどで通行人からケージ内を眺められる日々が続いたが、推定1歳で体が大きくなっていて一番里親が見つかりそうになかったことで、苦渋の決断でウチに連れてきた。ただ、この子は一言で言えば、「最も飼い猫に向いている」猫だった。人を選ばず、誰にでも懐くし、怒ったことが一度もないし、エサも気難しくないし、トイレもちゃんと埋めるし、問題が何ひとつない。目が合うと喉を鳴らしながらおでこを人の顔にスリスリさせてくるから、「猫カフェ要員」に最適な猫である。ただ、ナッツがウチに来たときは当然、ほか4匹が「ヨソモノ」扱いで嫌がった。特にもぐもぐは「なんだこいつ!家に他人が紛れ込んできてるぞ」みたいな感じで、敵意オンリーだった。ナッツ自身は「よろしくお願いしますぅ~」と近づいていくのだが、殴られて耳のあたりから、極小の出血があったりもした。

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【猫論】もぐもぐの寝相 ~マレーシア・レダン島「クロポー食べた?」

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 もぐもぐ記事ついでに、寝相の悪い写真を3点。ちょっと着替えている間にこれだ。ベッドのシーツを取り換えたり洗濯物を運ぼうとしていた矢先、その上で寝ちゃうもんだから、動かせなくなる。だって、眠ってる猫たちっていかにも気持ちよさそうで。

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 もぐもぐは、キングサイズベッドの上に置いた小さな猫ベッドでちゃんと寝るんだが、必ずはみ出る。なんだか酔っ払いみたい。

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 こうなると、ほとんど猫ベッドは意味がない、もぐもぐ。大股開きはどんなときも譲れない。

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 さて、断片的すぎるマレーシア生活リポート。実はもう半年以上前の話だが、雨季明けに東海岸のレダン島に行った。マレーシアは古い航路が栄えた歴史から、西海岸のペナン、ランカウイがリゾートアイランドとして有名だが、海がきれいなのは太平洋側。こちらは小さい島が多く、LCCでひとっ飛びというわけにはいかない。ちなみにレダン島のスペルは「REDANG」だがマレー語の発音的にはルダンに近い。クアラルンプールからは、クアラ・トレンガヌという都市までLCCで1時間。セールで航空券を買ったら片道1000円ぐらいだった。夜中に着いて1500円ぐらいの安ホテルに一泊、明朝、島へ行く…というスケジュールも実は猫たちのため。日頃はできるだけ長期外出をしない。日本でも猫たちのためだけに家政婦さんを雇っていたぐらい、なにより大切。


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【猫論】もぐもぐ、14歳 女子アナも「キュンときた」仕草 ~台所のバイト

 もう何カ月も経ってしまったが、もぐもぐの誕生日は手製のフォトフレームを作った。これも猫が喜ぶわけじゃないが、僕には何も彼らの可愛さを表現していく才能がないから、せめて現在、自分の注いだ愛情の形を残そうと思った。ミッくんの死後、そういうことばかり考えるようになってしまった。

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 一緒に撮影しようとしたが、じっとしてくれない。

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 この素材で作るのは初めて。まだ写真を入れてない。

 もぐもぐはウチで一番の甘えん坊で、とにかく行くとこ行くとこ付いてくる。トイレにまで付いてくる。目が開く前から拾った唯一の子で、手のひらサイズの彼に哺乳瓶を咥えさえ、毛布にくるんでそっと眠らせ、泣いたら下腹部を軽くさすってティッシュペーパーでおしっこを出させ、そして、またミルクを与える、という繰り返しで育てたのが最初だ。

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 ※幼少期

 うっすら目が見えてきたかというとき、目の前にあったのは僕の顔だから、彼は僕を親だと感じ、自分を人間だと思い込んでるところがあって、ひとりだけ他の猫たちとスキンシップをしたがらない。その分、僕にはべったりで「抱っこ、抱っこ」の催促がうるさい。もう14歳のくせに昨夜も夜中3時ごろ泣き出し、僕は朦朧としながら「もぐもぐー」と応えると布団にもぐってきた。ちょっと暑くなったら出ていくから、おかげでこっちは寝不足だ。

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【猫論】ひめたん、18歳のバースデイ ~ドリアンとナシレマ・マクド

 悲報の中で迎えたのが、長女ひめたん18歳の誕生日祝いだった。誕生日といっても、みんな拾った猫たちだから正確な日付は分からない。多くは夏に拾ったが、猫は基本、春に妊娠して夏に出産なのだから当然だ。ミッくんの推定は僕と同じ6月で、一緒に年を重ねてきたつもりだった。あとは、そこから覚えやすいよう順にして、ひめたん7月、もぐもぐ8月、ココ9月、ナッツ10月と勝手に決めていた。奇しくも、ナッツは初めて出会ったのが10月だった。これはマレーシア入国時の公式書類にもそう記載した。(つまり現在はココの誕生日まで日が進んでる/笑)

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 猫の誕生日を祝うといっても、猫はそれを理解できないから、こっちが勝手に値段の高い高級缶詰をあげるぐらいしかできないし、何の盛り上がりもないのだが、猫が高齢になると本当に祝いたい気分にはなる。ミッくんは20年も頑張ってくれた。ひめたんはその後を追う18歳だ。最近、腎臓が少し弱っていて、薬を飲ませることになった。猫の腎臓は悪くなりやすく、完全な回復はあまり見込めない。悪化を遅らせるのが精いっぱいだ。ただ、近年、画期的な薬品が販売されていて、3種の生きた善玉菌を飲ませて改善させる「アゾディル」(AZODYL)に望みを託せるようになった。




 ただ、このカプセルは菌を生かすため要冷蔵。マレーシアでも入手できるが、輸送時にちゃんと冷蔵できていなければ無意味だから、信用性の問題で日本から持ち込んだ。90カプセル、2キロ以上なら朝晩1つづつだが、ひめたんは2キロちょっとしかないから医師が1日1カプセルを推奨。粒が大きく、口の小さいひめたんに飲ませるのは大変な作業だ。ミッくんはおとなしく薬を飲んでくれる超優等生だったが、ひめたんは「イヤなものはイヤ!」と気高いのでそうはいかない。タオルでグルグル巻きにして抵抗できなくして喉の奥に突っ込み、吐き出されたら再度トライ。イヤな思いをさせるから飲ませた直後、大好きな鰹節を少し用意しておいてなめさせると、機嫌は直る。ごめん、ひめたん。

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 ミッくんの死があったから、ひめたんの18歳は祝いたい気分が増した。300円ぐらいで手に入れたドレスを入手し、着させて写真を撮り、「18」の文字を入れたフォトフレームに入れ、即席のひめたん人形を飾った。全部、飼い主の自己満足。でも、祝うのだ。ハッピー・バースデイ・トゥ・ヒメタン!
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【猫論】ミッくんの葬儀 ~マレーシアでのペット火葬と、書けなくなった猫論

 猫論が書けなくなってしまっていた。ミッくんの命が消えた夜から後のことは強い記憶になっていたのに、それを思い返して文章にするという作業が、僕には耐えられず、どうしてもできなかった。

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 目指していたわけでもない物書きが職になって20年以上、与えられた仕事をほとんど選ばず必死にこなし、気がつけば長く仕事を続けられるだけのスキルは身に付き、毎朝、机に向かって原稿を書くのが僕の「通勤」になった。毎朝、起床して間もなく最初の5行ぐらい書ければスムーズに進み、多いときで1日5本を書き上げることもある。逆に、歯を磨いて顔を洗っても、どうも頭がスッキリせず文章が書けないというときもある。ただ、エンジンがかからないときはメールの返答やブログの更新、仲間とのチャットなど、何かウォーミングアップをすれば、だいたい仕事に取り掛かれる。まったく文章が書けないということはなかった。それが初めて「書けなくなった」。頭の中でミッくんについて考えていても、文章にできない。しばらく書かなくてもいいじゃないかとも思ったが、ミッくんの死後、自分に望んできたのは、彼の記憶をできるだけ生々しくとどめることだった。「以前、こんな猫を飼っていたんです」と、ミッくんを過去形にしていく自分になりたくなかった。だから本当はすぐにでも記憶を冷凍保存するように書いておきたかったが、文字が出てこなかった。他のことは書けるのに、ミッくんについては「最初の5行」が僕にはとても重かった。



 ただ、9月の後楽園ホール、女性に声をかけられた。「猫の記事を読みました」と気遣ってくれた。クアラルンプールでも日本人の友人に「ブログを読んで泣いてしまった」と言ってもらい、コメント欄にたくさんの優しい言葉が届いた。そういうのが、「いずれ伝えなきゃいけない」という思いを強くさせてもいた。猫を飼うというのは、とてもプライベートな範疇のことだが、気にしてくれる人がいる。JBCの冨樫光明リングアナにも、「職場で読んだら途中から涙が出てきて直視できなくなった」と言われた。僕はミッくんの死を誰にも伝えていなかったから、ここで伝えることになったのだけれど、冨樫アナには自分の気持ちを少し伝えたら、20年以上前の雑誌を送ってくれて、そこには「子供の死 不条理を生き抜く」という特集があった。

「やっぱり片岡さんにとってミッくんの死は「子どもの死」だったんですよ。親の死は辛いけど、それはほぼ全ての人間にとっては条理だけど、子どもの死はこれ以上ない不条理」(冨樫アナ)
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【猫論】ミッくん、最後の夜 ~静かで冷たい部屋の中で

 僕は、自分に何か辛いことがあったとき、「なぜ辛いと感じるのか」を考えるようにしている。たとえば、何かの事情で失う必要のなかったお金を支払うことがあったら、「損をしたから」だと思う。でも、そのお金をなくしても、起こっているのは通帳の数字が減っただけで、日常生活は何も変わらない。食べ物が食べられなくなったり、電気が使えなくなったり、手足が動かなくなったりはしていない。だから、「これは気分の問題だ」と結論付けて、「これからその失った分のお金を稼ぐことを考えよう」と発想を変える。そうすることで、暗い気分から早く抜け出せる、そして、自分が少し強くなった気がするのだ。ボクシングや格闘技が大好きなのも、いじめられっ子だった自分の弱さへのコンプレックスだから、できるだけ自分に弱さを感じる時間は減らしたい。ショックはあるけれど、自分へのダメージを最小限にしてリカバリーする。これが僕の先に進む方法論のひとつだ。

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 でも、ミッくんの息が絶えた瞬間は違った。見ている世界に亀裂が入って、すべてが終わったような気がした。もう何も元には戻せないという絶望感が襲ってきた。そこでは、自分への慰め、考え方の転換、前向きな発想、それらは意味がなく、むしろ邪魔でしかなかった。悲しい。とても悲しい。その負の感情はミッくんへの想いでもあるから、それを捨て去ることをしたくなかった。彼は損したお金とは違う。この悲しみの中で、僕は一生、泣き暮らしながら生きていってもいい、と思うぐらいだった。だから、人と話したくなくなった。できるだけ誰にも死を伝えないようにしていた。「飼っていた猫が死んで、とても悲しいのです」という話をしたくなかったし、言えば、「気を落とさないで」、「いつか乗り越えられる」と慰められる。その気持ちは十分ありがたいとは思うけれど、このときはそういう言葉が欲しいのでもなく、その理由を説明したくもなかった。世間では、これは「ペットの死」でしかない。何も珍しいことではない。20歳なんて猫にとっては長寿で、マレーシアでは日本よりも珍しいから、いつも驚かれた。足が動かなくなったときも、最初は医師に検査もされず「年だから仕方ない」と言われたほどだったが、たしかに95歳の高齢者が亡くなったと聞いても、まさかというよりも「来るときが来た」という風に思う方が大きいだろう。でも、僕にはミッくんが人か猫か、年齢がいくつかも頭になく、最も愛おしい存在が消え去ったという大きな喪失だった。それを人に説明して分かってもらう作業をする余裕はない。

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【猫論】映画「モデル雅子を追う旅」ついに上映!忘れたくない存在を持つ人へ

映画「モデル雅子を追う旅」
UPLINK吉祥寺・上映スケジュール
 (8月1日までは完売)
8月2日~8日(7月31日より一般販売)
8月9日~15日(8月6日より一般販売)
8月16日~22日(8月14日より一般販売)
 ※地方劇場などは交渉中

 今日、「【猫論】ミッくん、歩き終える」を書いた。本当はまだ何も書く心境になれなかった。人に伝える意欲もなければ、何を書いていいのかも分からなかった。物書きの仕事をしているために、イヤでも仕事で毎日、文章を書いている。個人的な思いとはあまり関係がない文章ばかりだが、このときばかりはその方がよかった。自分の感情を込める作業が僕には辛かったからだ。

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 1年前、マレーシアに行くときにTBSの方々が送別会を開いてくれ、忙しい中、来てくださった尊敬するTBSプロデューサーの大岡大介さんが、そこで亡くなった奥様でモデルの雅子さんを映画化する話をされていた。話のひとつひとつがクリエイティブで、物事をじっくり捉え、そこで出される着眼点は、とても感銘を受けた。ちょうど今月その映画「モデル雅子を追う旅」が公開され、19日はそのエピソードを追った特番「爆報!THEフライデー~伝説の美女・雅子…生前最後の姿をテレビ初公開」が放送され、高い視聴率だったから、ご覧になった方もいただろう。『リング』貞子の母役でも知られた雅子さんは15年に他界、夫だった大岡さんは自分の知らない彼女の足跡を徹底して追って集めていった異例のドキュメンタリーを作った。映画に使用するには権利関係のクリアが困難だったというが、権利者不明素材でも諦めず手続きをしていったという。

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 ※来場ゲストに俳優の竹中直人さんら

 本当に作り上げた、と思った。現実の世界は小説とは違う。愛する者への感情というのはとても個人的なもので、他人には完全に理解してもらうのは難しいが、それを愛する者のために作品として作り上げた情熱があった。会社の後援なく、大きな自己資金と労力を投じ、劇場との交渉もやったという大岡さんは本物のクリエイターといえる。自分が得たものを作品に変えるというのは理想的だ。そのガス抜きをしないために、僕はこのブログ以外のSNSをやらないようにしてきたのだが、その自分を見れば、何かを作り上げるエネルギーはない。落書きレベルのミッくんの絵を描いたぐらいだ。それどころか半ば自暴自棄になっていた。何のために生きているのか分からなくなり、ボクシングを見ても音楽を聴いても、以前ほど楽しく感じないのだ。なぜだ。自分への疑問がしばらく続いていた。ただ、一点、大岡さんが「雅子を忘れてしまうかもしれないという恐怖心がすごく強かった」と製作の動機を語っていたことは、いまの僕が思っていたこととまったく同じだった。

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【猫論】ミッくん、歩き終える ~すべての音が遮断された日、僕は温もりと匂いに浸った

 重い告知を受けた2日後、ミッくんの様子はいつもと変わっていなかった。ちゃんと食べるし、ちゃんと歩いた。薬も素直に飲んでくれた。半身不随から、よくぞここまで持ち直したと、先行き明るい感覚があった。僕は猫に話しかけるとき、彼らが分かりやすい言葉を使う。イントネーションが同じだと、「ごはん」も「ロマン」も同じに聞こえるから、お腹がすいたかどうか、ハッキリたしかめるときは、口をチュパチュパ音をさせてから「ミッくん、マンマンは?」と聞く。以前はこれに返事をするしないで分かったが、最近は声が出なくなったため、首を少し長くしてこっちを見るか見ないか、だった。パッとこっちをみれば「食べる」の返事。この朝も、そのやり取りで食べてくれた。

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 ※日本にいたときは「さんぽ」も理解、よく一緒に出た

 友人のイボンヌから連絡が来て、朝食を取ろうと言われた。日本旅行もしたことがある彼女は中華系マレーシア人で、旅行と美容、そしてグルメが趣味で、よく僕を食事に誘ってくれて、ガイドブックには載っていない、本当に美味しい店に車で連れて行ってくれる。この日は彼女、午後から中国・西安旅行に出かけるというのに、立ち寄って誘ってくれた。行ったのは見た目はアレだが、味が良いという大衆食堂。彼女は定番の麺料理「カレーミー」を注文。ココナツミルクをベースにしたカレーヌードルだ。僕は悩んだ末にチキンライスにした。鶏肉のスープで炊いたご飯と、甘じょっぱい味付けのジューシーなローストチキン、マレーシア料理の定番料理。中華系移民が広めたもので、タイ、シンガポール、インドネシアでも人気だが、元祖はマレーシア。チキンは生姜ダレに付けて食べる。

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 長時間外出はなるべく控え、1時間足らずで帰宅したのはもちろんミッくんのため。彼が水を飲めば、食べカスが少し落ちたりして水が汚れるので一目瞭然、取り換える。外から吹く風が好きだから、ベランダの窓を開けるが、日差しが強い時は日陰で寝させる。ヨダレがたれていないか、顔のまわりが汚れてないか、足の位置は大丈夫か、日常のチェックだ。この日は土曜日、仕事はゆったりでよかったが、読んでないメールが溜まっているから、仕事部屋の机に向かったが、ミッくんが気になって、近くに寝かせようと仕事部屋に連れて行った。ここは人が使用しないキングサイズのベッドがあって、少し前までミッくんのお気に入りスペースでもあったから、ちょうど僕の背後にいるようにして寝かせた。少しでも動けば音で分かるから、見守りやすい。

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 ※写真は以前のもの

 でも、ミッくんはすぐに立ち上がってベッドを降りた。以前、木箱で作った自作階段は、足が悪くなってからは使っていなかったが、復活後初めて何事もないようにステップを踏んだ。途中で抱っこして降ろしてもやりたかったが、自分で頑張って歩く姿はむしろ見てあげたかった。「ボク大丈夫、どこも悪くない」と強がっているような気がするから、いつでもフォローできる位置でついていくと、ミッくんはシャワールームのトイレへ直行。ああオシッコだったのか。

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 ※ここを降りた

 先日、衣装ケースを基に作ったばかりの自作バリアフリートイレだったが、ミッくんは中に入らず、入口に少し前足を踏み入れた状態でオシッコ。これは想定内で、入口のところにもシーツを敷いてあるから問題はない。どこのエリアまでが許容範囲か分かって確信犯的にするのがズル賢いミッくん。そのまま、Uターンし、さらに長々歩いてリビングを端から端まで歩いた。ゴールを切る寸前のマラソンランナーを見ているかのような気分で見守ると、窓際に置いてあるクールベッドに辿り着き、寝た。「ボク、ここがいい」というハッキリとした意思表示。少し前までは僕の仕事部屋もお気に入りだったが、常にマイブームがあるのがミッくんだ。

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【猫論】ミッくん、辛い告知 ~俺たちに明日はない

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 半身不随だったミッくんが、短期間で自力で立てるようになり、そして何とか歩けるようになったのは奇跡というほかなかった。片足は動いていないし、風が吹いて倒れてしまったほどヨロヨロだが、彼は「もう大丈夫」と言わんばかりに、いつもどおりの行動をしたがった。食べる努力も本当によくしてくれた。15歳を過ぎたあたりからのミッくんは特に気分屋で、そのとき、そのときで好みの食べ物が変わる。昨日まで喜んで食べていた缶詰に見向きもしなくなったりした。初めて与えるフードや、久々に買ってきたフードに興味を示すことが多かったから、よく「ミッくん、新味だぞ」と反応を見る。でも、今回の高栄養食は同じものをちゃんと食べてくれた。シリンジで半ば強引に口に入れるから最初は嫌がって口から落としていたけれど、次第に応じて食べてくれるようになった。だから逆に別のエサを挟んであげながら、高栄養食の規定量を食べてもらった。これ以上の体重減少は危険だったから、そこはこっちも努力だった。日本との行き来でマレーシアから持って帰りたいものはたくさんある。僕は業者に頼むような引っ越しはしていない。日本の倉庫に保管した所有物は、行き来する中で少しづつ運べば安上がりだと思った。でも、結局はスーツケースは航空会社の制限いっぱいに猫用品で埋まった。

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 ※実際に帰国時に開けたときのスーツケースの中身。猫のためのものが95%。猫に聴かせるためのCD(David Teie/Music For Cats)も。自分のために持ってきたのはおろし器、気に入っていた鍋つかみ、お客が来たときに出す日本のお菓子、電気カミソリの充電器、カクテルシェイカーぐらい。
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 ※フードは一般の総合栄養食やおやつの他、マレーシアで手に入らない健康・介護系も。食べないのもあるから種類を豊富に。
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 ※いままで使ってこなかった栄養剤の類。おそらく口にしないと思われるが、試せるものは全部試す。

 ちなみに先日の行き来、フィリピンに立ち寄るためマニラ経由のフィリピン航空を使ったら、荷物の扱いがひどくてスーツケースの角が大きく割れ、車輪ごと吹っ飛ぶ大破。長く使おうと6年ぐらい前に5万円ほどで買った超軽量の丈夫な特注品で、アフリカとかマルタとかメキシコとか、行く先々で手に入れたステッカーを貼っていった愛着のあるものだった。フィリピン航空は弁償すると言って書類を提出させたが、あとで伝えてきた補償額はわずか40ドル(約4300円)、謝罪もせず「これだけ良いオファーをできることを嬉しく思う」などと書いてきた。過去、他の航空会社でも破損の弁償経験はあるが、ここまでひどくなかった。命を預ける航空会社選びは大事だ。



 東京-クアラルンプールは大きな取材やテレビ出演など緊急で帰るときは6万円の航空券(もちろん自腹)を買わなきゃいけないこともあるけれど、マレーシア航空が安いときで34000~38000円ぐらい。全日空も3万円台で買えることがあるから通常はそこを利用して早めに買う。LCCのエアアジアだと2万円台で行けるが、僕は3時間以内ぐらいの渡航に限定している。東京-クアラルンプールの6~7時間だと193センチ・92キロ(現在)の僕にとってLCCはきつい。実を言うと、僕はプロレス時代の後遺症もあって左足の神経が麻痺、一部の感覚がない。正座して足がしびれたのに近い感じで、蚊に刺されてもあまり痒くないのである。そのため思いきって走ることが怖いし、ときどき動きに数センチのズレが生じて足をぶつけることもある。医師にもエコノミー症候群に気をつけてと言われていて、狭いところに長く座ると左足の麻痺が一時的に広がるからLCCは近距離のみの利用にしている。ミッくんの脚が動かなくなったとき、「飼い主ともども脚が麻痺なんて、ほんと僕たち仲良しだね」と彼に言った。

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【猫論】ミッくん、奇跡の回復 ~「あきらめないココロ」とポンポン棒

 ミッくんはマイペースだ。日本にいた頃、朝方、枕元にきて鳴いて、「ごはん」の催促。僕が起きないと、顔を肉球でポンポン叩いた。そこで起きなくても、起きるまで彼はそこから動かなかった。僕はそれを、「あきらめないココロ」と呼んでいた。リビングから廊下を越えて見通せる玄関に立って、こっちを見て「さんぽ、行く」と鳴いたのも「あきらめないココロ」で、僕が玄関に駆け寄るまで続いた。なぜだか、彼は小さい頃からお風呂が好きで、僕がシャワーではなく湯水に浸かると、必ずドア越しで待った。ときどき一緒に入ったが、濡れたミッくんを乾かすのは大変だから、ドアを開けて招き入れ、風呂の淵に座らせて、「入ったつもり」にさせた。僕はその「あきらめないココロ」が大好きで、願いが叶うまで粘る彼の期待に応えるのも楽しかったのだ。

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 ※1年前のオス軍団

 そのことを思い出せば、ミッくんはとても強いはずだった。医師の「また歩けるようになるかもしれない」というのは気休めだったとしても、それに向けて僕も、「あきらめないココロ」でリハビリを続けようと思った。強い意思においては彼の方が上で、僕はちょっと劣等感を感じるぐらいだから、なお戦いに挑みたかった。幸い、倒れた当初に顔がガサガサになって衰えが見られたものは、みるみると良くなって、口内炎もなくなり、食事量が増えた。これはきっと高栄養食の効果だったと思う。食通の彼が飽きないよう、他の食事を間に挟んでやった。特に焼き魚は大好物だが、魚料理は「蒸し」が主体のマレーシアだから、日本食レストランからサンマの焼いたのを持ち帰ったりもした。何度か家でも焼いたのだが、ウチのコンドミニアムはガスコンロがないから、魚用のグリルがなかった。IHクッキングヒーターだと焼き加減がイマイチで、美味しくないとプイと横を向くから判別は簡単。レストランの持ち帰りがベストだった。



 ミッくんは「あきらめないココロ」だけ見れば、ワガママに見えるかもしれないが、それは僕に話が通じると思っているからで、ただの意思表示だ。性格自体はとても穏やかで健気な子。薬を飲ませるとき、一番楽なのがミッくんで、口を開けさせて喉の奥に錠剤を放り込むとき、うまく呑み込めずにやり直しても、機嫌を悪くもしないし、抵抗もしないで応じてくれる。とても扱いやすい飼い猫の優等生。だから、高栄養食をシリンジで食べさせても、頑張って食べてくれた。
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【猫論】ミッくん、復活への道 ~20歳!高齢猫の介護ライフ

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 右手と右足がまったく動かなくなったミッくんの介護ライフは基本、食事とトイレ、床ズレ予防の寝返り、薬、そして筋肉維持のリハビリだ。2時間ごとに寝相を変えてあげるのは深夜にも及ぶから、こっちも体力勝負だが、一番気をつけてあげたいのトイレで、ペット用シーツを敷いても、本人が寝ながらしたがるわけもなく、便秘などの症状になることを恐れた。定期的にトイレに座らせるが、何しろ片手片足が動かないから支えたままの状態で様子を見る。3分後におしっこをしたこともあった。便が出ないと何とかして出させようと、食事の後に消化の運動として、僕が抱っこした状態で体を左右にゆすりながら歩いたりもした。ときどき、シーツにおしっこがしてあったときは、我慢できずにしたはずだから毎度、「ごめんね、ミッくん」と謝って、より注意した。

 食事は高栄養食を与えたが、指定された食べる量になかなか届かないから、シリンジで食べさせることを慣らさせると、そのうちに強引にやらなくても注射器の先からなめとるようになった。日本から栄養剤的なものも多数、買い揃えたが、喜んで食べるものは少なく、高栄養食と、一般の総合栄養食を交互にあげて飽きさせないようにした。何か少しでも良いことがあればやってあげたかった。ショッピングセンターにあるベビー用品の店に入ると、赤ちゃんを寝かせる用の柔らかいマットや枕などがあって、それを手に入れた。新生児用のオムツがサイズ的に合いそうだから買ったが、猫がそれを快く使うようには見えず、なるべくトイレに連れて行くようにした。



 意思表示のできなくなったミッくんを見るのはとても辛かった。自宅でのことだから、涙をこぼしながら世話をしたことも何度もあったが、幸いなのは、猫には不調の自覚がないことだった。過去と比較して、「もう2度と歩けないのか」とか悲しんだりしないのが猫。時間の経過も未来も過去もない。今の自分を生きている。鬱病から立ち直った元ヘビー級王者のタイソン・フューリーが先日、「過去を思い出すと辛いから、今のことだけ考えて、今を生きるんだ」と言っていたが、その気持ちがよく分かる。歩けないから歩かない、ミッくんにとっての半身不随は、体が動かないというだけで、それ以上でも以下でもない。寝たきりでは何も楽しくないだろうと、こっちは思ってしまうが、本人はそんなこと思ってはいない。ただし、歩く感覚をミッくんが忘れてしまうのは怖かった。だから、ときどき体を支えて立った状態を作ってあげてはいた。そこで思いついたのが、歩行器だ。
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