春樹のひとりごと!No.24(李昌坤物語)

焼肉屋のオヤジの昔話です。

---
キック界の生き字引、李昌坤物語(1996年の取材記事です)
19960229李昌坤1
裁いた試合は3千試合以上、表も裏も知り尽くし、30年間のレフェリー生活に幕引き。

李昌坤(リ・チャンゴン)を知っているだろうか?あの沢村忠というヒーローのいたキックボクシング全盛期から、軽快なフットワークと適確な判断で試合を裁き続けた名レフェリーだ。キック界の裏も表も知り尽くしている、李昌坤とはこういう人だ。
19960215李昌坤3
東京・目黒にある焼肉屋「大昌苑」を訪れると、白衣に身を包んだ李さんが出迎えてくれた。最後の試合から1週間が経っていたので、顔も少しふっくらとしている。李さんはその日のために15キロ近い減量をしていたのだ。
「選手もやっているんだからそれがマナーだ」と試合のたびに減量をし、ベストの体重にするという信念を李さんは持っていた。
そんな李さんが、格闘技と出会ったのは、中学2年の時、たまたま近所にあった野口ボクシングジムに遊びに行くようになったのがきっかけだった。当時は厚木基地や新橋駅前などで「ベビーボクシング」なるものが開催されていて、気が強く、ガキ大将だった李さんは“ハビー級(中学生クラス)”として参加。試合が終わるとお菓子をもらっていたという。
そんな調子でジムに通い続け、高校生になるとプロボクシング4回戦でデビュー、新人王の準々決勝までいったが、腰を痛めてやむなく引退した。
高校卒業後は近所の板金屋で働いたり、ジムのトレーナーをして生活していた。そんな李さんを巻き込む一大事が昭和41年に起きた。
野口ジムの野口進会長の長男・修氏が日本キックボクシング協会を設立したのだ。



李さんは発足と同時に協会に参加。それまでは岩本信次郎という日本名を使っていたが、これを機に本名・李昌坤に戻した。ここにはキックを国際的にしようという協会の思惑もあった。昭和42年にはテレビ局もつき、当時の日本のエース“沢村忠”らとともに首都圏はもちろん、地方を転々としながらレフェリーとしてリングに上がり続けた。
キックボクシングが最も人気があった時代だ。
「たしか甲府だったかなあ。ポンニット・キットヨーテン(タイ)との試合で沢村が真空飛びヒザ蹴りを出したら、相手がロープまでふっとんで一番上のロープが切れてしまったんですよ」
当時のエピソードを語る時、李さんは本当にうれしそうな顔になる。
もちろん自分に災難がふりかかることもあった。沢村の蹴りが横腹に入り、1週間くらい動けないこともあった。これが一番痛い思い出だという。また目尻を切ったり、鼻血を出したりは日常茶飯事。レフェリーも真剣勝負だった。
昔は試合も頭突き、投げあり。またフリーノックダウン制だったため、ダウンしても選手が起き上がってくれば続行させるのが原則だった。大事故を防ぐため、選手のダメージ状況を見抜く目も今以上に必要不可欠なものだった。
経験を評価され、李さんは審判部長として後輩レフェリーの指導も行なった。
「俺が試合を裁く。俺が判定を下す」というレフェリーとしてのプライドを人一倍持っていた李さんは、今リングに上がっているレフェリーのほとんどを厳しく指導、現在のレフェリングの基礎を作った。
テレビ放送が始まって以来、絶大な人気を博し、団体も乱立したキック界だが、李さんはあくまでも日本系(TBS系)にこだわった。
19831112李昌坤1
しかしキックボクシングにも衰退の時がやってくる。テレビ放送が打ち切りになり、試合も単発になってきた。「これでもうキックも終わりかな」と李さんは思ったという。
だが、結局、MA日本キック、全日本キック、日本キックと3つの連盟が今でもキックボクシングの興行を続けている。そして30年たっても李さんはレフェリーを続けていた。あるいは辞める理由を探していたのかもしれないが・・・。
19960209李昌坤3
19960209李昌坤18
2月9日、東京・後楽園ホール。MA日本キックボクシング連盟、士道館主催による興行で、
「李昌坤引退セレモニー」がとり行われた。最後の試合となったフェザー級5回戦、室崎剛将vs松田敬戦の後、李さんはリング上で奥さんの金栄子(キム・ヨンジャ)さんと麗花(リョファ)さん、美花(ミファ)さん、純花(スンファ)さんらの3人の娘さんに囲まれ、目をうるませていた。彼女たちが李さんを驚かそうとトイレに隠れて着替えてたという華やかなチマチョゴリ(韓国の民族衣装)が、男だらけの世界に最後に華を添えた。
19960209李昌坤1219960209李昌坤1619960209李昌坤14
「自分の団体が一番強いと思っていた」李さんは、他の団体の興行はほとんど見に行くことはなかったという。
体重を調整してリングに上がり、選手に何事もなく、レフェリングもうまくいってリングを下りたときにホッとする。李さんの人生とキックは切り離して考えることのできないものだった。
「これで終わりなんだなと思った時、さみしさより、ここまでやってこれたんだなという思いの方が強かった。引退式をやってもらって本当にけじめがついたよ」
その日の夜、家族と飲んだビールは格別だったという。
「本当に陰の人でしたね。あれだけのことをやったのにね」とは野口修夫人・和子さんの言葉。
高い給料をもらっていたわけではない。草創期のメンバーが次々と姿を消していく中、李さんは良い時も悪い時もキック界を内部から見続けていた。
「結局、自分にとってはゴルフに行くような道楽だったんだよ。だから長く続いただけ。これからはお客さんとしてのんびり見たいね」
これだけキックに係わった李さんだが、店の中にはそれを感じさせる品は一つもない。
「今はね、ただの焼肉屋のオヤジなんですよ」
そういって李さんは照れくさそうに笑った。
往年のファンにはなつかしい「レフェリー、リー、チャンゴン!!」のコールも今はなく、キック草創期の人物がまた一人姿を消した。
19960215李昌坤4
たまたま店に顔を見せた娘さん(次女)も含めて焼肉屋のオヤジの顔で
-------------------------------------
李昌坤(=リー・チャンゴン / カタカナ表記の方が馴染み深い)
1966年(昭和41年)にリキパレスでレフェリーとしてデビューして以来、裁いた試合は3千を超える。1990年(平成2年)、第23回プロスポーツ大賞「功労賞」を受賞。1996年(平成8年)2月9日、後楽園ホールで最後のレフェリングの後、リングに別れを告げた。
19960209李昌坤23
(当時インタビュー記事作成・紙面掲載・本島燈家)

-------------------------------------------
19821119李昌坤1
このインタビューは1996年2月15日、目黒区下目黒の李さんのお店「大昌苑」で行なわれました。私は李さんのレフェリングをTBSのキックボクシングで子供の頃から知っており、李さんは私のこと、会場で見たことあるかもしれないが、おそらく知らない。インタビュアーの本島燈家さんは当時、大学卒業後1年目の新人記者で、掲載はナイタイスポーツでした。当時はまだ新聞社や専門誌でもキック創生期を知るベテラン記者のいた時代。目黒ジムで「俺らが李さんを取材なんて、おこがましいですね」なんて話をしていたら、当時の目黒ジム代表、野口和子さんが「そんなこと無いわよ、インタビューなんて言ったら李さん喜ぶから、電話しといてあげるから堂々と行ってらっしゃい」と背中を押される感じで向かったのでした。
出迎えてくださった李さんは「もっと年配の方かと思ったよ」と言われ、正に痛いところ突かれた感じ。「うわ、しまった言われた」と思いつつ、学生時代の空手の経験豊富な本島さんの堂々とした振る舞いと、私がテレビ時代から見て来たマニアックな知識で勝負するしかなかったが、我々は「最近キック取材を始めたプロレスオタクのような存在ではない」という自負で勝負。そこから意味鋭い質問に、李さんは懐かしそうに答えてくださった。
19821119李昌坤2
テレビ放映時代、沢村忠の試合は秋本直樹レフェリーが裁くことが多かったのは、歌手としても売り出していた秋本氏をなるべくテレビ画面に出させる意図があってのものだったという。その秋本氏のこと、私が「沢村さんの試合中、選手ともつれ合った際、ズボンが破れてチェリー・ケンヤレフェリーに交代されたことありますね」と聞くと、「よく覚えてますねえ」と感心されたが、ジャッジ担当だった李さんもよく覚えておられるハプニングでした。
李さんは富山勝治氏の試合を裁くことが多かったように思います。
19831112李昌坤2
李さんがこだわるレフェリーとしての威厳は、判定で採点結果を集計されたあと、一番最初に結果を知るのはレフェリーであり、それを伝えるのもレフェリーであるべきという。勝者に対して「山崎!」なり「飛鳥!」と大声を出して手を掲げ、勝者の手を挙げる。これがこういう競技の仕来りたるもの。これには私も共感する印象は持ちました。レフェリーがコールする瞬間、接戦の時は何とも言えない緊張感が漂ったことも事実でした。時代の流れもあり、3者目の支持を言うまで勝者がわからない手法の現在のリングアナウンサーによるコールも緊張感あるとは思いますが。
19960209李昌坤19
李さんが教えた後輩レフェリーは、日本系野口プロモーションではほとんどのレフェリー。MA日本キック時代は長沼淳さん、小島弘光さんあたりまでと思いますが、みんなフットワークが軽いのは李さん系ですね。
「ファッションモデルみたいな動き」とは意地悪な言い方する人もいましたが、特徴としては当たっていました。時代の流れとは、年々こういう昔のレフェリングが受入れられなくなった背景もありました。裁き方にはボクシングの影響、空手の影響、ムエタイの影響など、それぞれいいところがあると思いますが、昔のレフェリングのいいところが伝わらず消されつつあるのは寂しいものがあります。
裁いている試合に対し、同じ位置に3秒以上立ち止まらない。テレビカメラ側に極力立たない。レフェリーはオシャレであれ。他にも李さんだけの言葉ではありませんが、野口プロモーション関係者から聞いた言葉には、現在のプロボクシングレフェリーが持つ品格が備わっていたように思います。
19830319李昌坤1
李さんの裁く試合に出場した現役のキックボクサーはおそらくいないでしょうね。
日本で最初のレフェリーは小別当純さんという話も、創生期を現場で知る者の話は貴重でした。
時代とともに昔のレフェリーが一人ずつ消え、「最後に引退式をやってもらえて、けじめがついたよ」という、李さんだけではない、野口プロモーション系の最後のレフェリーとして締め括れた安堵感があったようでした。
最終レフェリングはランキング戦の凡戦、タイトルマッチやダウンの応酬ある試合で締め括って欲しかった気がします。引退セレモニーには野口プロモーション関係者も並んで欲しかった気がしますが、この翌月にMA日本キックボクシング連盟分裂、日本キックボクシング協会復興が起こり、この頃から更なる分裂、乱立の現在に繋がっています。李昌坤さん、複雑な時代に巻き込まれず、いい時期に引退できましたね。
19821119李昌坤3
---
19960209李昌坤4
引退式
---
19960209李昌坤6
19960209李昌坤9
19850106李昌坤2
試合中、伊原さんをオンブすることも・・・ではなく、「荒れる試合は俺が裁く」という責任感もあった。
---
19960209李昌坤20
(堀田春樹 5.30.23:59/No.25)


  • コメント 8

コメント

   投稿(一番下へ)

懐かしい名前ですね。
選手コールの後「レフリー・リーチャンゴン」
とアナウンスされたのをよく覚えています。
まだやっていればリーさん経営の焼肉屋に行ってみたいですね。

  • [368944]  2015.05.31
  •  シ尺木寸 #-

No title

重厚な記事ですね。この連載をまとめて本にしてほしいぐらい。

  • [368947]  2015.05.31
  •  石寺操縦士 #-

No title

リーチャンゴンさん。キックの発足当時からの名レフリーでした。
TBSのテレビ放送で、石川アナが「レフリーのリーチャンゴンさん、ダウンを取ります」と、言ってた言葉がずっと頭に残っています。
いやーなつかしいです

  • [368968]  2015.05.31
  •  WKBA野口系キック #aWeYjqmc

No title

ありがとうございます。

本当に懐かしいです。

今後ともキックボクシングを宜しくお願いいたします。

  • [368984]  2015.05.31
  •  野口ジム #-

リーチャンゴンさん、’96年までリングにあがってたのですか…’90年に功労賞って、沢村がプロスポーツ大賞を獲得したのが'73年だからそれからまだ17年後とは…

'73年といえばレコード大賞は五木ひろし、その直前のジョージ・フォアマンの世界戦のリングには弟さんのジムの柏葉守人の世界挑戦をぶっこんできた野口陣営の勢いは凄かったけれど、その時点でも創立20数年

リーチャンゴンさんの貢献にも重みがある気がします

ちなみに、西城正三もベビーボクシング出身ですが野口ー金平のエピソードなどもはや語られることもない

私、堀田さんやハイセーさんよりやや上の世代ですが、たまにはいにしえの四方山話も宜しくお願いします(笑)

  • [369050]  2015.05.31
  •  ペーパーⅦ #-

リーチャンゴンさんの、レフリングは、わかりやすくキックボクシングという競技を一般向けに認知させた功労者の一人です。
リーさんの、直接の後継者と思えるのは、西内一夫さんかなあと。リーさんに、近い感じで、旧日本系の魅せるレフリングの、最後の方に、思えました。
試合後、勝者をコールする行為は、昔のほうがよい。
また、現行キックの、審判は、NKBを除いて大半アウトソーシング化している。
よく考えると、変だよね。自前の団体の審判団がいないとは?各団体、ルールも違う。以前、試合会場で、審判が、「今日は、ひじうちありだっかなあ」とか、言ってる訳。
そりゃ派遣審判では、キックは盛り上がらない。
責任感ないし、危機感もない。だから、キックは、下に見られてる。蝶ネクタイが、基本やろ。
昔の、おれの、団体のキックが、最高で、それを守るんだと、いった考えの、関係者が不在なのは、情けないわ

  • [369133]  2015.06.01
  •  WKBA野口系キック #aWeYjqmc

おじゃまします

柳家かゑるリングアナウンサーが
「ジャッジ秋本直樹、同じく西内一夫、レフェリー、リー・チャンゴン」とコールするのが定番でした。
今なら客席から「チャン ゴーン」の大合唱があるのでしょう。
河島英五似でオーバーアクションが売りの秋本さんと、木戸修・梅宮辰夫系で冷静沈着なリー・チャンゴンさんの対比も見どころでした。
あと当時私は、リー・チャンゴンさんてタイ人だと思っていました。

こうやって思い切り「キック」の話ができる人、場所がもうないのでうれしいです。

最後に寺内大吉さんて住職なのに、なぜこんな血生臭い試合の解説をしていたんでしょうか。

以上です、ありがとうございました。

  • [491000]  2017.04.16
  •  稲毛忠治 #-

焼肉屋さん

レフリー リーチャンゴン!
まだ焼肉屋さんやってますよ~(*^ー^)
下目黒の「大昌苑」というお店です。
当時の話しも聞かせてくれてました♪

  • [506872]  2017.07.15
  •  格闘技大好きっ子 #bOnZUrio

コメントの投稿

非公開

投稿者は、以下のガイドラインを了承したものとします。コメント欄は、読者間の意見交換を目的とし、それ以外の運営方針に反するものや不法行為については発見次第、予告なく削除することがあります。問題が第3者によって確認された場合は、管理者への連絡によって対応するよう努め、不法行為による法的対処については、ログ記録の提出など可能な範囲での協力を惜しみません。ただし、投稿により第三者に不利益を与えるなど投稿によって発生したいかなる損害、問題に対して管理者は一切の責任を負うものではありません。(管理者・ハイセーヤスダ)

チケットぴあ 
↑観戦チケットはこちら







 この場所に広告掲載できます ⇒ お問い合わせ

猫ボク。

NEWSIDER Tokyo

Author:NEWSIDER Tokyo


Journalist Team「NEWSIDER
★プレスリリースから仕事の相談、情報提供など、お気軽にご連絡ください。 
⇒⇒⇒⇒ CONTACT US (Send E-MAIL)

◆無料公開では危なくて書けない!?限定版◆

片岡亮夕刊フジ毎週木曜「格闘技裏通信」長期連載中

ボクシング書籍ランキング

ボクシングチケットはこちら
チケットぴあ


※記事中の敬称略をご容赦下さい
※コメント投稿は「パスワード」入力で「なりすまし防止用」の識別コードが付帯されます。


※本ブログの広告(アフィリエイト)からお買い物をされると、掲示商品ではなくても当方に購入額1~3%程度の収益があります。日々更新を続けますので皆様のご協力よろしくお願い致します。★(NEWSIDER Tokyo)

BLOG

LINK

COMMENT

RANKING

[ジャンルランキング]
スポーツ
11位
[サブジャンルランキング]
格闘技
1位
アクセスランキングを見る>>

WORKS

取材・執筆
夕刊フジ/東京スポーツ/サンデー毎日/実話ナックルズ/ EX大衆/週刊文春/週刊朝日/週刊新潮/日刊サイゾー/ FRIDAY/FLASH/紙の爆弾/産経新聞/読売新聞/SPA!/実話ドキュメント/週刊ポスト/CIRCUS/大衆ヴィーナス/週刊実話/怖い噂/アサヒ芸能/婦人公論/不思議ナックルズMSNドニッチ//KEITAI BANDITS(バンディッツ)/空手LIFE/月刊ガンダムエース/SLAPPY/ナイタイスポーツ/週刊特報/週刊宝島/NONFIX/実話大報/特冊新鮮組/激撮ナックルズ/週刊ファイヤー/新潮45/ワシントンジャーナル/ワシントン・ヘラルド/ラスメイクマエ/格闘Kマガジン/横浜ウォーカー/ハードコアナックルズ/実話VAMP!/格闘伝説/実話時代BULL/噂の真相/テーミス/LAPOO/スポーツライフ/ラスメイ・カンプチア/本の雑誌/テキサスビッグタイム/FROM A/週刊ゴング/危ないMIXI/TECH WIN/ダカーポ/El Sol de Tijuana(THANKS TO MR.CHITO RUBEN NAVIA)他(順不同)

出演
モーニングCROSS(TOKYO MX)/芸能番リターンズ(ニコニコ生放送)/芸能BANG!(日本テレビ)/ワイドスクランブル(テレビ朝日)/サンデースクランブル(テレビ朝日)/スーパーJチャンネル(テレビ朝日)/やじうまプラス(テレビ朝日)/青木隆治のエンタメまるっとLIVE(NOTTV)/ ベイラインゴーゴー(bayFM)/やりすぎ都市伝説(テレビ東京)/暴露ナイト(テレビ東京)/言いにくいことをハッキリ言うTV(テレビ朝日)/Session-22(TBSラジオ)/ニュース探究ラジオDig(TBSラジオ)/峰竜太のミネスタ(ラジオ日本)/POWER BAY MORNING(bayFM)/くだまき八兵衛X(テレビ東京)/スーパーモーニング(テレビ朝日)/サタデースクランブル(テレビ朝日)/ニコ生ナックルズ(ニコニコ生放送)/フジテレビからの(フジテレビ)/あさパラ!(よみうりテレビ)/とくだね(フジテレビ)/EZTV(フジテレビ)/ピンポン(TBS)/トゥナイト2(テレビ朝日)/激論コロシアム(NHK) 他(順不同)

WEB ANALYTICS

トラッキング コード

PASSWORD